ティコティコの空

ヤフーブログから引っ越してきました。日常を綴るだけのブログです。

スチュワーデス物語 Part 11

モックアップで訓練した事が機上で試されるところまで来ました。

スチュワーデス物語 その11」 です。

        


記憶を紐解きながら書き記していっているので

話は前後しているかもしれないが・・・。



長い訓練期間中、脱落していく人もいた。


訓練生数人が英語の非常勤講師だったアメリカ人男性主催の

パーティーに出席したということが発覚。

それが原因で同期の一人が

退職に追い込まれると言う事態になった。


しかし、そのことだけではなく

出席者数人中彼女だけが退職と言うことは

我々の窺い知れないところで何か他の

問題があったのかも知れない。



もう一人は顔一面に吹き出物が出来て

当分自宅待機となったが結局治らず

戻ってこられなかったと言うことも。


かなりの難関を突破して入社したのに

このような些細なことで・・・・。

まあ、会社にとって見れば

「些細なこと」では済まされなかったのかもしれないが

夢破れ故郷に帰って行かざるを得なかった

彼女達の心中いかばかりだったか。




     


専門訓練が開始されて約2ヵ月後の

12月23日から25日までの三日間

国内線のO.J.T(On the job training)が始まった。

憧れの制服制帽姿で

胸に「訓練生 ○○○」の名札をつけて

いよいよ「機上の人」となる・・・

その時の高揚感は記憶と共に蘇ってくる。


当時日本航空の国内線の路線は東京、大阪、福岡、札幌。

機材はDC8-60シリーズとボーイング727

DC-8-61

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B-727は機体尾部に引き込み式のタラップが。乗務員も三人と少なく少々不安だった。
イメージ 2




手元に残っていた私のスケジュールを見てみると


23日 107便 TYO(東京)→ OSA(大阪)10:00発---10:55着
   110便 OSA → TYO       11:40発---12:30着

24日 363便 TYO → FUK(福岡)13:50発---15:25着
   368便 FUK → TYO    16:50発---18:10着

25日 507便 TYO → SPK(札幌)10:30発---11:45着
   570便 SPK → TYO    15:30発---16:20着


となっている。


しかしこのO.J.Tフライト中の記憶が

ほとんどないのはどうしたことなのだろう。

緊張のあまり記憶が飛んでしまったのか。

同期の誰かとペアを組まされた?

一人でのフライトだった?



ひとつだけよく記憶しているのは

福岡の板付に降り立った時のこと。

当時まだ米軍がこの飛行場を使用し

地元の人間は「板付飛行場」と呼んでいた。


その時はこんな言葉知りもしなかったが

大げさな表現をすれば「凱旋帰省」気分だったかな。



これを書いていて、我ながら

遠く古いセピア色をした昔の話だと思う。



つづく・・。